偉人紹介great man

宿毛市

大江 卓

おおえ たく

近代ヒューマニズムの先駆

弘化4(1847)年、現在の大月町・柏島に赴任中だった宿毛の侍のもとに生まれた大江卓は、宿毛に戻ってから兵学や武術の文武両道の精神で励みました。

慶応3(1867)年、出張先の長崎で見聞きした動乱の予兆に感化されそのまま京都へ向かって、中岡慎太郎亡き後の陸援隊に入り倒幕活動をしました。
卓は生涯を通じて人権問題に尽力します。1つが賤称廃止令の発布です。被さべつ部落の実状を見た卓は、賤称をなくし政府が働ける場を作るべき旨の建白書を提出します。実際に発布されたのは賤称の廃止のみで経済面の自立策は打ち出されませんでしたが、日本人権運動史上の契機となる出来事となりました。


もう1つは明治4(1871)年に横浜に入港したペルー籍の゛マリア・ルス号“事件の解決です。清国人230余名が船内で虐げられていることを人道上許せないとした卓は特設裁判所を設置して自らが裁判長となって裁判を開き、清国人全員を解放して本国へ送還する判決を下しました。

その後、明治6(1873)年に西南戦争で呼応して挙兵を企てますが露見し、禁獄10年の刑を受けます。出獄後、第1回衆議院議員選挙に岩手から当選したり、実業界へ転身して朝鮮の京城と釜山間の京釜鉄道を完成させたり、卓の活動は一ヶ所にと留まりません。

晩年は人権問題に再び目を向けます。被さべつ部落の変わらない現状を知った卓は出家し、名を、天也と改め、日本全国を行脚し活動の普及につとめました。
卓はその時々に目の前で起こる苦難に全力を尽くして挑み、多くの事績を残しました。

(宿毛市立宿毛歴史館 山下あやの)

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